デリーそして日本へ… 涙の心拍確認【妊娠記録③】

※アロマスクールとは関係ない完全プライベートな内容となっておりますので、
ご関心のある方のみお読みください😊

3)デリーそして日本へ… 涙の心拍確認

Diary vol3. about my stay in New Delhi suffering from morning sickness and the baby’s heart beat on the day I returned from India.

インド旅行は、本当に素晴らしい旅でした。
つわりに突然襲われるまでの、特に前半は(苦笑)。
デリー、バラナシ、ムンバイ、そしてグジャラート州。
旅行初日からフォーリンラブ。大好きになりました。
バックパッカー宿に泊まり、世界中の旅人たちと交流しながら、久しぶりに10〜20代に戻ったようでした。
夫がよく形容する「曜子は外国にいるときは水を得た魚のよう」という表現が、この時ぴったり当てはまっていたと自分でも感じるほど。

ヴァラナシ、グジャラート州の5日間の旅を終え、デリーの友人宅に戻ってからも体調は回復せず、旅の一番の目的で、心から楽しみにしていた「インド式アロマテラピー&アーユルヴェーダ」受講を泣く泣くキャンセル。けだるい炎天下のせいもあってか食欲が皆無で水すら飲めず、3日間丸々寝たきりに。

大好きな仕事のことも、常に尽きることのなかった将来のヴィジョンも何も考えられかった。頭が働かず、PCや携帯の画面も異様に眩しく、頭痛、めまい、吐き気、気持ち悪さ…と言葉に言い表せないほどの体調不良と闘いながら、ただただ目をつぶって、3日後の帰国フライトを待ち詫びることしかできなかった。

病院に行って妊娠確認することもできず、朦朧とする意識の中、出産日カウントアプリをダウンロードしたはいいものの、「出産まで241日」という未来が訪れるとは思えなかった。

今まで海外でずっと一人で生活してこれていたのに、ちょっとやそっとのことじゃめげなかったのに、なぜこんなに不安で、自分がこんなにFragileなのか、もう考えられる思考は持っていなかった。

それは、私のこのお腹の中に、まだ見たこともない赤ちゃんの存在を感じていたからかもしれないし、あれだけ子どもを望んでいたのに、突然母になったことへの戸惑いがあったからかもしれないし、何よりも「この子を守りたい、生きて欲しい!」という気持ちが強かったからかもしれない。

気がつくと、私の体から「食欲」「お腹が空く」という言葉が消え去っていた。
友人が出勤前や、お昼休みに一時帰宅して(!)涙、作ってくれた春雨の酢の物を、起きては食べ、ベッド脇には例のチューイングキャンディ(笑)、かむかむレモンを。

冷蔵庫に入れてくれていたざるそばも、レモンジュースで作ってくれたゼリーも、全く食べられず、水も飲めず、唯一喉を通ってくれたのは、春雨の酢の物だけだった。

(帰国後に、このひどい不快症状の正体を知りましたが、私は重度の食べづわり(四六時中お腹にものを入れないと気持ち悪い症状)になっていました。)

* * * * *

2018年3月14日帰国当日、つわりでフラフラだった私のために、
デリー空港では、JAL日本人駐在員さんが荷物を持ち、チェックインからセキュリティーチェック、搭乗ゲートを越え飛行機まで付き添ってくださり、
(機内食が食べられないといけないからと、現地では貴重であろう日本食まで分けてくれ、涙)、
(特別にプレミアムエコノミー料金で、ビジネスクラスにアップグレードしてくださり)、
機内では、CAさんが手厚いおもてなしをしてくださり(ちょっと奮発してJALを選んでいて本当に良かった!と心底思う)、
9時間後、成田空港まで迎えに来てくれた夫と再会。

その足で、インドで寝込んでいる時に調べた産科に直行。
めまいがひどく、診察で呼ばれるまで椅子に座っていることすらできず、ベッドで横にならせてもらいながら順番を待ち、

そして・・・

内診台の上で、

キラキラと白く輝く、小さな、小さな心臓を見た瞬間、

今、与えられた奇跡に、大きな涙が流れた。

私の肩を横でさすってくれていた夫と目を合わせると、目に大粒の涙を溜め、顔を震わせている彼が見えて、もっと泣けてきた。

(涙が溢れて止まらなかった理由は、最終章「5)不妊治療の末の奇跡。隠さず全て話す理由」で詳しく書きます)


最後に・・・

ブージのゲストハウスのAshish氏、JALのスタッフの皆さん、そして何より、インドを共に旅した、大学時代からの大切な友人は、赤ちゃんと私の命の恩人です。温かいサポートのおかげで無事帰国できました。感謝しても仕切れません。本当にありがとう。

 

次回  「妊娠の継続は、奇跡の連続【妊娠記録④】」に続く

メディカルアロマ講師考案・好きな香りで作る妊娠線予防オイル

こんばんは。現在妊娠7ヶ月、鎌倉アロマ&メンタルケア代表、香りのコンサルタント曜子です。

今日は、妊婦さん全員にオススメの、マタニティ向けメディカルアロマテラピーのお話です。

妊娠線を予防するアロマブレンドオイルに興味のある方は、
鎌倉の当スクールにて、ご自分の好きな香りで作製・お持ち帰りいただくことができます。どうぞお気軽にお問い合わせくださいね。


妊娠してから知った、妊娠線の存在。

1)妊娠線ってなに?

妊娠すると突然お腹が大きくなり皮膚が伸縮に耐えきれず、私たちの体を保護してくれる角質層を含む表皮と、さらにその内側にある真皮という部位が裂けてしまい、内出血を起こします。そこで赤紫色の筋ができてしまい、時間が経つと、白く跡が残ってしまうそうです。

そこで、皮膚に効果のある精油を活用するアロマテラピーの出番です!

2)アロマテラピーが妊娠線予防に最適なワケ

アロマテラピーで使用する精油(エッセンシャル・オイル)は、香りの成分を持っている植物から香りの分子を採り出して出来ています。精油のその成分(分子)はとても小さいため、皮膚に塗布すると血管や神経が通っている「真皮」という部位まで、スーッと入り込みます。

→そこで私は、保湿作用だけでなく、皮膚組織再生作用や収斂作用、皮膚弾力回復作用など様々な特徴を持つ精油を活用して、妊娠線予防に取り組むことにしました。


3)マタニティのためのオリジナルアロマブレンド作製

妊娠5ヶ月のこと。NARD認定アロマ・アドバイザー資格取得コースのレッスンで、皮膚のメカニズムとスキンケア(実習:美容オイルづくり)についての授業を終え、生徒さん方が作ったいい香りに誘われ、自分用に作製することに。

精油は、当スクールで使用する安心安全なプラナロム社の以下のものをチョイス。
・ホーウッド(皮膚強壮、収斂、抗菌、抗真菌作用など)
・ゼラニウム・ブルボン(収斂、皮膚弾力回復作用など)
・マンダリン(皮膚強壮、交感神経鎮静(リラックス、誘眠)、中枢神経鎮静作用など)
・ラベンダー・アングスティフォリア(皮膚組織再生、瘢痕形成(創傷治癒)、鎮静、誘眠作用など)

 

 

基材は以下の2種をチョイス。
・ローズヒップオイル(Rosa Rubiginosa Pranarom):皮膚組織再生作用、抗炎症作用、皮膚の鎮静作用、神経組織再生作用、抗アテローム作用。
・アルガンオイル(Argania spinosa, Pranarom): 皮膚組織再生作用、瘢痕形成作用。禁忌なし。

全量 50ml, 濃度2% (精油20滴)

ローズヒップ油:30ml、アルガン油:20ml、マンダリン12滴、ホーウッド4滴、ゼラニウム・ブルボン3滴、ラベンダー・アングスティフォリア1滴

 


4)使用方法と効果

妊娠5ヶ月から現在まで3ヶ月間、お風呂上がりに毎回、このアロマトリートメントオイルを15滴ほどたっぷり塗布しています。

私は、妊娠発覚時から非常にひどい食べづわりがあったため、妊娠初期に一気に10kg近く体重増加がありました。特に最近(妊娠7ヶ月に入ってから)は、日に日にお腹が大きくなっていますが、今のところ妊娠線はできていません☺️

(元々痩せ型だったため、医師や助産師さんからは食事制限の必要はないと言われています。)

また、このオリジナルトリートメントオイルの効果は、スキンケアだけでなく、メンタルケア・精神面へのサポートにもなっています。
胎動があったり、足がつりやすくなったり、頻尿があったりして、夜中に目覚めることも増え睡眠不足がちだったので、誘眠作用やリラックス作用のある精油を選んだことも、精神安定の助けになりました。

※次回の「マタニティ向けメディカルアロマ」は、大きくなったお腹で下半身が圧迫され、脚がつりやすくなった妊娠中期以降のプレママにオススメの、トリートメントオイルの作り方について書きます。お楽しみに。

マタニティーさん向けの他の記事はこちら:
 [メディカルアロマ講師考案バスオイル・むくみと恥骨痛の緩和&会陰柔軟化]


妊婦さんで、妊娠線の予防をしたい方は、お気軽に当校までお越しくださいね。郵送対応も可能です。

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お気軽にお問い合わせくださいませ。

鎌倉アロマ&メンタルケアAsante Ma santé

灼熱のインドでつわり地獄 【妊娠記録②】

前記事、1)インドで奇跡の妊娠発覚からの続きです

※アロマスクールとは関係ない完全プライベートな内容となっておりますので、ご関心のある方のみお読みください😊

At White Rann of kutch in Gujarat, India, on the day I found out about pregnancy❤️

インド最西端、パキスタン国境に位置するグジャラート州の町ブージ。”Go Desert”という如何にも暑そうな名のゲストハウスで、前日から続く吐き気と気だるい暑さで、アラームより早く5時に目覚めた私は、友人を起こさぬよう、昨日ムンバイ空港で調達した妊娠検査薬 I CAN を試す。

2年弱不妊治療をしており何度か残念な結果を見たことがある私は、目の前の、くっきりとした赤い二本線をすぐには信じられなかった。予備で買った2本目のテスターの結果を見て、心拍数が一気に上がり、今にも飛んでいっちゃいそうな心臓と、期待したらダメ…と停止しかけた思考を携えて、部屋からそっと出た。

夫には、このサプライズを1週間後帰国してから直接伝えたいと思ったが、自分のカラダがこの先の旅路でどうにかなってしまいそうな気もしていたし、どちらにしろ、常に私の身体を心配してくれる夫に、生理が来ていないことを帰国まで隠し通せないのは明白だったから、電話で伝える方を選んだ。

(この数年間、子宮内膜症を抱えているため、生理期間中は鎮痛剤を飲んでもベッドから起き上がれないほどの闘病生活を送っていました。インド旅行も、月経と重ならないよう友人より便を1日遅らせるほどでしたし、夫も成田までの車中でとても心配してくれていたのですが、一向に来なかった背景があります…)

道で寝そべる牛たちもまだ静まり返った真っ暗闇の中、ゲストハウスの屋上テラスに座りながら、夫に電話をかけた。旅先だからか寝起きだからか夢の中にふわふわ漂っているような感覚で、会話をあまり覚えていない。唯一覚えているのは、無事に出産できたらこのブージに、いつか夫と赤ちゃんを連れて戻りたい、と強く思ったこと。

朝が明けると、つわりはひどくなる一方だった。食べることが出来ないのは勿論、ペットボトルの水(生温かい)すら飲めず、階下に住むゲストハウスのオーナー・アシシュ氏に「レモン1切れをどこかで調達できないか」と頼みに行くと、Congratulations! と思いがけずお祝いの言葉をもらった。アシシュ氏は十数分後、手作りの、レモン果汁たっぷりのレモン水が入った水筒と、レモンキャンディーを運んできてくれた。

飛行機を二度乗り継ぎ、昨晩到着した地での妊娠発覚と、これからの旅路を無事過ごし、デリー、そして日本に本当に帰国できるのか、という不安。それさえも自信がなくなるほど、自分ではコントロールできない体調。そんな私を心身ともに救ってくれたのは、共に旅する友人と、昨晩会ったばかりの彼だった。命の恩人です。心からありがとう。このご恩は生涯忘れません。

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元々、人気観光地でなく、Deep Indiaを体験したいという、”世界の果て” マニアである私の希望もあって、在インド日本大使館で2年間の赴任を終える友人が計画してくれたグジャラート州3日間の旅。楽しみにしていた、塩砂漠と、刺繍やプリントなどの伝統工芸が今も残る村々への訪問。

そんなわけで、地方で手に入る食事といったらローカル料理のみ。インドに来てから様々な絶品カレーをはじめグルメを堪能していた私だったが、到来したつわりで一転、嘔吐感で食欲が消えた(実は、つわりがほぼ消えた現在でも未だ空腹になることがありません…)。

ムンバイからブージまでの機内食は、インド版カップヌードル ”ハーブトマト”を。ブージでは、ナポリタンもどきを。さらに地方の宿では、オーナー家族が自宅で作ったものが出されるというので、カレーは無理だと思い、代わりにフルーツをお願いした。

夕食には温かくなったパパイヤ半切れを、朝食には何も食べられなかった。

そんな中、念願の塩砂漠・カッチ湿原に訪れ、銀白に輝く地平線に息を飲み、ラクダに乗ったりもしたが(後から知ったが妊娠初期が一番安静にしなければいけないとか!)、40度を超える暑さと砂埃にまみれ、身体が日に日に衰弱していくのを感じた。

最終日は、宿から空港までの道中にある、伝統工芸が継承される美しい村々を点々とし、未舗装路を含む片道5時間の車中移動では、後部座席でただただ横になって耐え抜いた。道中、私の命を繋いだのは、友人が携帯していた「かむかむレモン」というチューイングキャンディー(笑)

美しい風景の数々は、

これから載せる<インド写真記>をご覧ください。

3)デリー、そして日本へ。涙の心拍確認 につづく

インドで奇跡の妊娠発覚【妊娠記録①】

【ご報告】

I’m 7 month pregnant. The miracle happened in India.

先月ご報告させていただきましたが、現在妊娠7ヶ月で、秋に出産予定です
安定期で元気いっぱい。スクールは本日もオープンしてますよ✨💕

赤ちゃんを授かることは本当に奇跡の連続なんだ!と今回、痛切に感じました。
今、思うことと合わせて、記しておこうと思います。

(アロマとは関係なくてすみません、ご関心がある方のみお読みください

🌱

「生まれ変わって帰ってくるね」
10年間ずっと行きたかった国、インド。
旅立つ日、なぜだか今まで感じたことない不思議な気持ちでいっぱいになり、成田空港まで車で送ってくれた夫に、そう告げたことが、現実になりました。

2週間後、おなかにもう1人、2人で帰国しました。

(何百回も乗っている飛行機の記念すべき初のビジネスクラスは、ひどいつわりで寝たきり(180度リクライニングに感謝)、一品ずつ運ばれてくる熱々の機内食にも手をつけられなかったことが悔やまれます笑…)

-婦人科系疾患の闘病、及び数年間のとても辛かった不妊治療の末、自然妊娠したこと、不妊に対する思いについては追って書きます。-

*  *  *

1)インドで奇跡の妊娠発覚

2018年3月、2週間のインド旅行中、奇跡が起こりました。

聖なる川・ガンジスが流れるバラナシにて、早朝4時、朝日を見るボートツアーに参加しました。
妊娠を心から望んでいた私は、前々日、デリーのヒンドゥー教寺院でもお祈りしていたし、その日もふと思い立ち、小さなボートから身を乗り出して川の水をひとすくいし、そっとお腹にかけて(塗りたくり(笑))祈りました。

「赤ちゃんを授かりますように・・・」

川沿いに散在する火葬場から祈りの声が響き渡り、
ピンク色に染まる朝焼けの空に、煙が吸い込まれて行く様を、
ゆっくりと漂う水上のボートから眺めながら、
なぜか全身から感情が溢れ、涙が止まりませんでした。

その夜、バックパッカー宿で、チョロチョロとしか水が出ないシャワーを浴びながら、鏡に映った自分の姿を見てビックリ。
初めて「まさか」という淡い期待を抱きつつも、また落ち込むのを恐れ、考えるのを止めた自分がいました。

🌱

しかし翌朝、宿からバラナシ空港へ向かう準備をしていた際、突然、激しい目まいと吐き気を感じ、ベッドに倒れ込みました。

「これから3日間の旅程や、購入済みの航空券や宿代など計5万円以上が全てダメになってしまう・・・」
脳裏をよぎるものの、普段なら少しくらい体調が悪くても、無駄にはできない!となんとか気力で起き上がる私ですが、
この時だけは、どう頑張っても身体を起こすことができませんでした。今まで感じたことのない気持ち悪さ。刻々と迫るボーディングタイム・・・。

大切な友人のインド駐在最後の旅行を台無しにしたくないという一心で、友人に手伝ってもらわないと荷造りすらできない身体を引きずって、バラナシ空港に向かったものの、その後の旅は、一筋縄では行きませんでした。

🌱

突然の機内アナウンス。
「ムンバイ空港の滑走路に油漏れがあるため、当機は急きょハイデラバードに向かいます」

・・・元々、バラナシからムンバイ経由で飛行機を2回乗り継ぐ、パキスタン国境近く・塩湖カッチ湿原と伝統工芸品の村々での滞在は、インド旅行のハイライトの一つでした。

「もしハイデラバードに緊急着陸したら、日数が足りなくなり、この旅行プランが丸々台無しになっちゃう!」と頭が真っ白になりました。

でも、すでにニューデリー・オールドタウンの、人々の熱気やカラフルな繁華街を歩きながら、
大好きだったアフリカでの生活を思い出し、
「あぁ、私はやっぱりカオスが好きなんだ」と再確認していた私は、
インドだもの、こういうこともあるよね・・・と、落胆と同時に、笑うしかない気持ちでいたら、数十分後の再アナウンスで、「ムンバイに着陸できることになった」と。

それでもホッとできないのは、45分遅れで到着したために、
ターミナル間の車移動も合わせ、次の便出発まで残り1時間しかなく、着陸と同時に機内から旅行会社や航空会社に電話したり、CAに空港スタッフへの乗継ぎの連携を依頼したり、とワチャワチャ。

そんなギリギリのトランジット時間となりながらも、この先のブージという小さな村に着いたら、妊娠検査薬が見つからないかもしれない、と大急ぎでムンバイ空港内で薬局を探しました。

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「インドで妊娠検査薬を買う」

これも奇遇なのですが、旅行前、日本人に人気のインド土産を調べていた時に、偶然、妊娠検査薬が安価で持ち帰る人多数!という驚きの記事を読んでいました。
頭の片隅にあった< I CAN > という名前のテスター。
これなら安心かも、と、薬局のお姉さんに聞くと、
「 I CAN はない、I KNOW ならある」と言われ(笑)、
I CAN と微妙に異なる <I KNOW > がまがい品であるかもしれない、と疑った私が、I CANを連呼していると(笑)
隣にいたおじちゃん店員が私に気づき、「I CAN あるよ」と、ぶっきらぼうに、棚の奥の方から出してくれたのです!!
その料金、なんと、1本80円。衝撃の事実。(日本の妊娠検査薬は、1〜2本で1,000円近くするのにっっっ))

こうして無事、ブージ空港に降り立った私は、小さな村の可愛いお宿にフラフラでたどり着き、翌朝、暗闇の中、手探りで検査薬を試すのでした。

*  *  *