香害と、本物の自然の香り

「香害」が広まる現実…。

私も、プラナロム社の精油を使い始め、自分の体が化学的な香りに対し拒否反応を顕著に示すようになりました。日常生活から、極力それら天然物質ではない成分を取り除くようにして、自分の身体の声を聴けるよう敏感になることができました。

皆様にも、「本物」の自然の良い香りを知っていただき、身体にとって大切なものに気付くきっかけを提供できたらと、これからも活動を続けてまいります。

出典 http://macrobiotic-daisuki.jp/kagakubusitukabinyou-57329.html

春と花粉症と

皆様こんばんは!NARD JAPAN認定アロマ・インストラクターの曜子です。

当スクールの庭先では先週からウグイスたちが輪唱を始めています🌸

 

 
寒い冬が終わり命が芽吹く春は嬉しいけれど、花粉症の方にはつらい季節ですね。

鼻水止まらなかったり、喉がイガイガしたり、目が痒かったり…
アレルギーは心のバランスをも乱しますよね。

私のとっておき花粉症対策アロマレシピは近日中にシェアします。

画像に含まれている可能性があるもの:1人、クローズアップ

 

今日はプラナロム社オススメレシピの紹介です。

🇫🇷メディカルアロマレシピ byプラナロム🇧🇪♯3】

《アレルギーの季節の始まり?そんな時はタラゴンでスタートさせましょう。タラゴン精油を2滴、適量の蜂蜜と混ぜ、舌下に垂らしながら溶かしましょう。1日3回、週5日》タラゴンという精油(学名:Artemisia dracunculus)は、フランスではエスカルゴ料理やサラダに使われ、特に消化器系の不調時に利用されるハーブです。

(出典:https://www.facebook.com/aromatherapie.pranarom/photos/a.393175483066.178681.34332193066/10153396713458067/?type=3&theater)

🍀特典🍀 当スクールではプラナロム社の製品(精油や植物油、ハーブウォーター等)がいつでも1割引❗️小分け販売も承っております。50種の精油(1滴20円〜)をお手軽にお求めいただけます。お気軽にご利用くださいませ。

5) 私の体の色んな臓器が、一生懸命、前を向いて進んでいる

これは自身の備忘録のため、また経験者の方がいらっしゃればアドバイスを頂けることを願うため、そして何よりも私の大切な人たちが同じ経験をしないために、これまでの経緯と私の思いを記します。

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(術後の合併症で、手術翌日に救急搬送され再入院。術後50時間一睡もできず、ようやく一眠りできた翌日、夫へメールで送ったピース。)

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1)米国医療保険システムの洗礼

2)フィフスオピニオンのすすめ

3) 知らなかった選択肢

4) 子宮内膜症と生きていくこと


以下全文 2015/4/28 (術後2週間)の手記より

5) 私の体の色んな臓器が、一生懸命、前を向いて進んでいる

皆さま大変ご心配をお掛けしました。術後2週間経ち、元気になりました、たぶん。

夫づたいの執刀医によると、14日の手術そのものはうまくいったそう。

ただ、沢山「聞いてないよ〜!」ということがあったので
(腹腔鏡手術で3箇所穴を開けると聞いていたのに目覚めたら5箇所傷があったことや、
排尿・排便障害、尾骨が痛い、全身麻酔のためか呼吸しづらいなど)、

明後日、術後初めてDrに会えるので色々聞く予定。

* * *

術後1週間は合併症に苦しみ、「地獄」なんて言葉じゃ済まない、”これって現実なの!?お願いだから夢であって!”と神様に祈るほど、本当に、本当に辛い日々だった。

まず覚悟していた米国流・魔の「日帰り」手術。

3時間に及ぶ大手術が終わりたった10分後に麻酔から目覚め、お腹が激激激激激痛なのに、看護師さんの付き添いで無理やりお手洗いまで歩かされ、排尿(全く出ない)を確認すると、問題ないと言われ術後ほんの8時間で(しかも朝4時に)帰らされた。
(日本では最低でも5泊はするところ)

 

悪夢は続く。自宅まで車で1時間、道に穴ボコの多いNY、少しの衝撃の度にお腹に電気ショックが走るような激痛(経験したことないですけど)が走り、車内で悲鳴を上げ続ける。
今思い返すだけでも(私のお腹は子宮や卵巣などの臓器がグルングルンにかき回され、まだどこにも落ち着いていないような状態だったので)、絶対に病院から帰されてはいけなかったと思う(涙)

 

そして曜子史上最悪な出来事が。

帰宅した明け方5時から、翌日の明け方4時までほぼ24時間、強烈な尿意に苦しみ、お手洗いにこもり、1秒たりともベッドで横になれないという悲惨な事態が起きた。

一人で歩けない、座れない、立ち上がれない中、夫が支えようにも、腹部の強烈な激痛がありどこも触れることが出来ず、その上なぜか全く排尿が出来ないという異常事態に苦しむ。でもつい先ほど悲鳴を上げながら帰宅したばかり、誰がまた救急病院に行こうとするだろうか。

術後は皆こうなるものかと思ったし、執刀医の病院に電話し当直医のアドバイスにより排尿を促す薬を飲むだけで、ただ耐えた。

しかし23時間耐えた頃意識が朦朧としかけたので、救急車を呼んでもらい、また救急病院に搬送された。
気絶しそうになる私の体に差し込まれたカテーテルから、なんと1,400mlもの尿(汚くてごめんなさい)が出てきた。私の体のどこにこんなにもたくさんの量が入っていたかと、見た時ギョッとした。

他にも怪しい症状があったため、ERの救命救急医には命に危険があると言われ、大至急CTスキャンを取らされる羽目に。

 

この間、手術当日から50時間以上、一睡もできていない。至る所から出血もあったこともあり、そのまま1泊入院させてもらえたのは、せめてもの救いだった。
しかし排尿障害という合併症のせいで、その後の回復が遅れることに。
(結論、手術当日にカテーテルを入れて帰らされていればこのような命の危険にさらされず、激しい苦痛を済んだ)

 

翌日(術後3日後)には、1週間付けたままにしろとカテーテルを膀胱に入れたまま、自宅に返され、

・激激激痛のため、2~3時間おきに強力な鎮痛剤を飲む(=夜も寝られない…)。
・腹部も激痛だけど、それよりも、手術のためにお腹に入れられたガスが肩に溜まり、その猛烈な痛みが耐え難い。
・一人で歩けない。一人で座れない。一人で寝っ転がれない。
・なのに、ガスを抜くためにはとにかく歩き回ることが一番だと医師に厳しく言われたため、激痛を我慢しながら家の中を亀のようにただ歩く。
・全身麻酔で麻痺したからか呼吸が浅すぎて苦しい。息を吸うリハビリの器械を渡されるほど。息を出そうにも腹筋に力が入らないから1 秒で切れてしまう。
・自力で排尿が出来ないため、膀胱に入れたカテーテルがとにかく苦しく不快。
・くしゃみ、咳、あくび、笑う、振り向く、深呼吸、腹筋を使う動作には激痛が。
・本の活字を見ようとすると目が痛いので、何も読むことができない。
・1週間寝返りが出来ないから、背中がものすごく痛い。
・これから一生自分で排尿が出来ないんじゃないかという恐怖。水やペットボトルが怖い。

 

ー(術後6日目の音声記録より)

自分で立てる。自分で歩ける。自分で髪の毛もとける。自分で片付けもできる。料理も出来る!

出来ないことは、ベッドに座った後、横になるという行為。それだけが、腹筋を使うので、あまりの痛さでどうしてもできない。

今までどうやって起き上がっていたんだろう、どうやって寝ていたんだろう。どんなに考えても思い出せない。

色んな人の助けを必要として、生きている。生かされている有難さを知った。私もがんばらなきゃ。

だってみんなが私を助けてくれるし、私の体は、すごいつらいのに、今がんばって生きようとしている。
私の体の色んな臓器が、一生懸命、前を向いて進んでいる。

だから私も、私の体に感謝して、前向きに生きるー

* * *

覚悟していた5倍くらい、ひどい容態だった。何も一人でできなかった…
でも自然治癒力ってすごいですね、日に日に体調は回復していきました。
今まだお腹に痛みもあるし決して完治とは言えませんが、カテーテルも無事取れたし、なんとかやってます、の報告です。

温かいメッセージも拝見しています。お心遣い、本当にありがとう。すっごく嬉しかったです。

 

追伸: 手術1週間後やっと一人で歩けることが嬉しくて、家の裏にある小道を歩いた。NYにも遅い春がやって来ていて、ちょっと乗り遅れた感じがした。これからいっぱい堪能してやる!

Two weeks have passed since my surgery for endometriosis. I’m getting much better, I believe. The late spring in New York has just come, this is the pic I walked on the Old Aqueduct Trail behind our house after a full week after the surgery:-)

I was hospitalized on the following day of the surgery because there were several complications such as urinating problem and so on, which I had never heard from my doctor before the surgery (I’ll ask her on my first follow-up this Thursday).

Those two weeks of supposed recovery were so bad that I wished they were just a bad dream. I could not walk, stand up or sit down by myself. I could not urinate and had a catheter in. I had terrible pain, not only in the abdomen where there are the cuts from the surgery, but also around the shoulders because of the gas they put in during the surgery.

But the human body has the amazing power and drive to heal itself. I got dramatically better day by day. I can walk by myself, I can cook, I can clean. Yes, I’m fine. It was the feeling of each of my internal organs trying to live and progress that I have managed bear the pain and live on.
I still have some pain in my belly and cannot say that I’m 100% recovered, but I have had the catheter taken out and and I’m making it through. Thank you so much again for your warm messages, I felt I am not alone!

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

6)  手術から2年…内膜症の再発と不妊治療2017  は、現在執筆中です。

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1)米国医療保険システムの洗礼

2)フィフスオピニオンのすすめ

3) 知らなかった選択肢

4) 子宮内膜症と生きていくこと

 

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子宮内膜症との闘い〜ニューヨークでの手術を前に〜 4) 子宮内膜症と生きていくこと

これは自身の備忘録のため、また経験者の方がいらっしゃればアドバイスを頂けることを願うため、そして何よりも私の大切な人たちが同じ経験をしないために、これまでの経緯と私の思いを記します。

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(術後2週間、歩けるようになって初めて外出した際に撮影した桜 in ニューヨーク州・ママロネック)

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2)フィフスオピニオンのすすめ

3) 知らなかった選択肢

 

以下全文 2015/4/14 (手術前日)の手記より

4) 子宮内膜症と生きていくこと

病気になってからじゃ遅い。今、この身をもって痛感している。
さっきも下腹部に手を当てながら、「今まで労ってあげられなくてごめんね」と呟いた。

思い返せば、大学生の頃から生理痛がひどい私は、生理1日&2日目は起き上がることもままならず、講義を休まなければいけなかった。ナプキンとタンポンを併用しても1時間に1回交換するだけでは足りず、溢れてきてしまうほど出血量が多かった。
社会人になってからは歩ける状態じゃなくても休めず、体にムチ打って出勤した。男性には理解してもらいにくいし、生理痛の軽い女性もいる。弱音を言おうものなら「甘い」と見られがちな理不尽な社会。生理休暇の導入を密かに願うだけで、声を大にして上司に訴えることは出来なかった。

生理だけじゃない。自分の体のことなんて考えもしなかった20代。仕事大好き。仕事が生きがい。何事も全力投球。
特に、タンザニアで働いた1年半と、夢だった国際協力の仕事に就けてからのラオス駐在始め数年間は、やりがいがあって幸せで、25歳から29歳まで突っ走った。

え、自分の体??
「動ける」から動いていた。楽しいから、やりたいことやり続けた。(33日間休まず働き続けたケニア出張とか、 1ヶ月半の過酷な環境下でのコンゴ滞在とか)自分の体そっちのけで動きまくったことは数え切れない。そしていつの間にか、自分の体の声を聞けなくなっていった…。

* * * * *

子宮内膜症の原因の一つに、月経の回数を多く経験することにより血が逆流して体内に溜まるということがある。5人とか8人とか産んでいた少し前の女性の生涯月経回数が約50回に対し、1〜3人産む現在は約400回という。
毎月あの辛い生理を乗り越えれば乗り越えるほど、内膜症発症の可能性が高くなるという驚くべき事実。
確かに、20代のとき周りから言われた、「出産は早い方がいい」。

でもそんなこと言われたって、大学で好きな勉強して、仕事がやっと楽しくなってきたばかりのときにすぐ出産しようとは考えにくい。
福祉先進国ノルウェーは、学費や寮が無料だけでなく、今や大学に託児所が完備されているそうだが。

将来のため、世界のためと、没頭した20代。同時に女性としてのリスクを背負っていたことになる。じゃあそのリスクを知っていたら、早く結婚して出産していたか?答えは出ない。

でも夢を追うことで体の声を聞かなかったこと、それは間違っていたのだと心底悔やんでいる。人は失敗しないと過ちから学ぶことができないのか。今回の私のような経験を、絶対に他の人にしてほしくない。でも元気なうちは「私には関係無い、私は大丈夫」と健康のことをそんなに考えない。それではいけないのに。どうしたらいいんだろう。

* * * * *

一昨年、心身のバランスを崩し、同じような悩みを抱えている方たちの力に少しでもなれたらと、メディカルアロマセラピー講師の資格を取得したが、今回この病気を経験した私に出来ることがきっとある。奢りじゃなく、謙虚な気持ちで。
闘病生活をしながらも、出来ることがある。ってかそう思わないと私がやっていけない(笑)。これからは、何よりも自分の健康を考える。世界の貧困はその後考える。

最近の私には、なぜか素敵な出会いがたくさん降り注いでいる。NYに来てからも、就活でたまたま知り合った会社からアロマセラピーの講座をしてほしいと依頼を受け、来月早速マンハッタンで開催できることになった。ニューヨークの忙しない大都会で、仕事や家事・育児に追われ息抜きできていない方たちに、日々の疲れをフワッと解放してくれる香りのメカニズムをお伝えするワークショップを提供する予定。

 

今日の手術も大丈夫。いつだって夫がそばにいてくれるし、この間、一生掛けても恩返しできないくらいたくさんもらってる。術後は動けないことを口実に(笑)、たっぷり甘えさせてもらおうと思う。私は一生掛けてお礼をしていけばいいんだ。

そんなわけで、完治は難しいと言われる子宮内膜症と私の闘病生活はまだまだ続きます。最後まで読んでくださった方々、ありがとうございます♡
みんなからたくさんの励ましのメッセージにすごく励まされました。みんなをすごく近くに感じました!

婦人系疾患に効くおすすめの代替療法など、随時大募集中です〜。

では行ってきま〜す♪

 

5) 私の体の色んな臓器が、一生懸命、前を向いて進んでいる につづく

 

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3) 知らなかった選択肢

 

 

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体験談①薬を飲まなくて済む、身体に優しい自然療法


2月の始まり、今日は9連勤後の束の間の休息。

お庭に出て、咲き乱れる椿と風にそよぐミニ竹林の横に、溜まった洗濯物を干した後は、大好きなソファでひと休み。

陽射し、雲ひとつない青空、静けさ、鳥の声、深呼吸、生きている。大切な人。わたしの最大級の幸せがここ、鎌倉の家にある。

*     *     *

最近よく聞かれます。

どうやって病気を治したのか。
どうやって薬を、サプリを、飲まなくても良くなったのか。

色々な要素が絡み合ってるけど、確実に言えることの一つ。

自然の中でめいっぱい気持ちいいこと、心が、体が、よろこぶことをすること。そして自然を近くに感じられる場所に身を置くこと、それもできるだけ長く。

私だったら、土をいじる、緑の息吹を感じる、動植物たちの命に触れる、青空を仰ぐ、新鮮な空気をめいっぱい吸う、歩く、小川のせせらぎ、静けさの中での瞑想…
朝起きて太陽を浴び、暗くなれば身体を休める。感性を研ぎ澄ます。心の声を聴く。

 

大都会・ニューヨークに暮らすことになれば、西は壮大なハドソン川をリビングから望むことができ、東は鹿やリスや蛍が住むトレッキングコースがダイニングから眺められる家を、
大都会・東京で暮らすことになれば、自然が残る鎌倉の中でも徒歩圏内に山と海があり、鳥の声と太陽が家中に降り注ぐ明るく静かな地に佇む家を、選びました。

 

最初は、環境の良い賃貸物件の家賃は高めで(闘病中だと尚更)躊躇うけれど、長期的にみれば、薬を買い続けるより結果的に安く、何より心身に優しい治療法だと思います。

良い生活環境は、快復に必要不可欠なもので、大切な自分の身体への正しい投資だと私は信じています。

 

 

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年頭のご挨拶


A belated happy new year!

遅ればせながら・・・新年明けましておめでとうございます。皆さまにとって2017年が、健康と幸せ溢れる、香り多き佳き1年となりますことをお祈り申し上げます。

私は元旦が仕事初めでした。元旦も翌2日も早朝6時から、民泊通訳オペレーターの仕事に従事する忙しない新年を迎えましたが、一方、掃除に、祖母のためのバスオイルと乳液に、夫の体調不良に、自身の風邪予防にと、精油の小瓶たちが次から次へと大活躍し、新年早々アロマセラピーの有り難みを実感しておりました。

昨年は、ようやく長年の充電期間の殻から抜け出し、少しずつですが、夢(決意表明)に向かって小さな一歩を踏み出すことができました。京都府宮津市、愛知県岡崎市での出張講座を初め、ついに鎌倉の小さな自宅にて、メディカルアロマセラピーの学校を開校することができました。ご参加くださった受講者の皆々様、本当にありがとうございました。おひとりひとりとの素敵なご縁に、心から感謝申し上げます。

今年のわたしの目標は、

「Focus!」「Sit back and Relax!」

やりたいこと(夢や野望)や、やらなきゃと思うこと(使命や責務)が、昨年より持ち越され既に山積みになっていて、ワクワク感に埋もれそうな状態ですので、優先順位を決め、ぶれない自分であり続けたいと思います。

そして、健康でいられること、笑顔で1日1日を過ごせることに感謝しながら、少しずつ、マイペースですが、ささやかながら皆さまのお力添えができるよう、できることから尽力してまいりたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

そしてついに明日、3月より始まる新企画も発表いたします!お楽しみに☆

今週末 1/14(土)に鎌倉で開催の、メディカルアロマ入門講座

〜新春に寄せて〜「なりたい自分」を形にする練り香水

も、ぜひご参加くださいね。残り1席です!

真っ暗闇で見つけた希望の光

ちょうど3年前の自分の投稿。

3年前の自分は、3年後の自分がこうなってるとは思いもしなかった。パワハラ・モラハラ・過労などの極度のストレスでぶっ倒れ、真っ暗闇から長いこと抜け出せなかった時に見つけた希望の光⭐️

アロマセラピーを勉強してホントに良かった。あの時の自分に「それでいいんだよ」と教えてあげたい😊

I was stuck in severe depression after moral harassment and overwork, and could never have imagined that I would be completely changed like this three years ago☺️Glad that I’ve found rays of hope in aromatherapy and went for it✨

 

 

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子宮内膜症との闘い〜ニューヨークでの手術を前に〜 3) 知らなかった「選択肢」

これは自身の備忘録のため、また経験者の方がいらっしゃればアドバイスを頂けることを願うため、そして何よりも私の大切な人たちが同じ経験をしないために、これまでの経緯と私の思いを記します。

11022622_10153243782351788_2612079861902988939_n(術後2週間、歩けるようになって初めて外出した際に撮影した桜 in ニューヨーク州・ママロネック)

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1)米国医療保険システムの洗礼
2)フィフスオピニオンのすすめ

以下全文 2015/4/14 (手術前日)の手記より

3) 知らなかった選択肢

幼い頃から選択肢があったら。最初から二択だったら。
自分なりに調べ、考え、どちらかを選んでいただろうに。無知をここまで悔やんだことはない。

・白米じゃなく、玄米や雑穀米。
・病院でもらうお薬じゃなく、漢方薬やハーブティー。
・合成洗剤じゃなく、重曹に酢。
・靴下は1枚じゃなく、4枚以上の重ね履き。
・産婦人科じゃなく、助産院。
・電気のスイッチを付けるのでなく、キャンドルに火をつけて入るお風呂。
・スーパーで目に止まる果物や野菜を買うのではなく、旬の野菜を食べること。
・ナプキンやタンポンを汚いものを扱うように使い捨てるのでなく、お湯で大切に洗い流しながら経血量を知ることのできる布ナプキン。

イプサムソルト。冷えとり。ヨガ。そして100%天然のエッセンシャルオイルを使ったアロマセラピー。まだまだ沢山あって書ききれない。
2年前から続けていることもあるし、最近始めたこともある。

「知った」から、選べたことばかり。全部知ったら、それが手放せなくなった。
自分の心に、体に、優しいものばかり。副交感神経が優位になるものばかり。

 

体に悪影響のあるお薬は極力使いたくないので、こちらのお医者さんに処方されたお薬も徹底的に調べ、飲まないようにしたり、薬剤師さんに頼んで量を減らしてもらったりしている。

治療のために、骨盤内マッサージをしてくれるフィジカルセラピーにも通い始めた。10年前から鍼灸が心地よいので好き(今では自宅で夫とお灸をし合うほど)だが、米国の我々の保険では、残念ながら保険が効かないので鍼灸にはまだ行けていない。

今日の手術はこわい。でも、次の生理を迎える方がもっと恐ろしい。
もう何年もの間、生理の度に苦しんできた。もう耐えられない。

でも手術をしたからといって痛みがなくなる保証はないらしい…

何より子宮内膜症は、手術をしても子宮や卵巣を取り除かない限り、再発の可能性が非常に高いという・・・。

 

4)子宮内膜症と生きていくこと につづく

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2)フィフスオピニオンのすすめ

 

 

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子宮内膜症との闘い〜ニューヨークでの手術を前に〜 2)フィフスオピニオンのすすめ

これは自身の備忘録のため、また経験者の方がいらっしゃればアドバイスを頂けることを願うため、そして何よりも私の大切な人たちが同じ経験をしないために、これまでの経緯と私の思いを記します。

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1)米国医療保険システムの洗礼

 (当時住んでいた自宅から望むハドソン川)

以下全文 2015/4/9の手記より

2) フィフスオピニオンのすすめ

ER(救急外来)の診断では、子宮内膜腫の疑いがあるからと専門医に診てもらうよう言われ、その後の子宮内膜症の専門医・Dr.ジャネットによる超音波検査、MRI、内診直腸診等の検査の結果、「子宮内膜症と骨盤の炎症及び痙攣のため手術が必要」という診断を受けたのが3月上旬(渡米してまだ2ヶ月)のことだった。

正直Dr.の言葉を聞いた時、「あ〜良かった!やっと分かってくれる人に出会えた!」と安堵した。通常ならこんな診断を言い渡され、喜ぶ人は少ないと思うが、私が「やっぱり(思った通り)!」と喜んだのには理由があった。

今回、自分の病気をこのように告白しようと決断した理由は、セカンドオピニオンならぬフィフスオピニオンの重要性を、大切なみんなに知ってもらいたかったから。女性にも、大切な女性がそばにいる男性にも。

 

ーー実は私、今回と同じ痛みで、既に日本で幾つもの病院で診てもらっているんです。東京に住んだ3年の間、4軒もの婦人科で。でも誰もそうは診断してくれなかったのです。

* * * * *

この数年間、鎮痛剤の効かなくなった生理痛と出血過多による鉄欠乏性貧血で、私の体はボロボロになっており、生活にも支障をきたしていた。
月経前の2週間は、PMS(月経前症候群)のイライラに蝕まれ、何かに押し込まれたように自分の感情がコントロールできない状態になり、さらに月経が開始してからも数日間は、薬を飲んでも立ち上がれないほど怒涛の”なんとかブルー♪”なんて軽いもんじゃない、邪悪なドス黒いものに包まれるかのような日々を送っていた。要するに、実に月の半分以上、自分の人生を生きられない生活を何年も送っていたのである。・・・もちろん仕事は男性と同じようにフルタイムでバリバリ働く中で。

婦人科のあの、精神的苦痛を伴う恥ずかしい内診でさえも、「誰でもいいから助けて!」と藁にもすがる思いで通った。しかしMRIまで撮ってもらっても、ある病院からは「あ〜ただの生理痛ですね」と飲みたくない鎮痛剤をただ処方され、とある病院からは「あ〜子宮の入り口が狭いからだなこりゃ、鎮痛剤が効かない時は、痛くなる前から飲むこと、1日5錠でも構わないから飲むように」と、薬ばかり勧められ、子宮の無理な収縮で発生する痛みの仕組みについて説明されるだけだった。愛知出身の私からしたら、「東京」ならいい医者がいそうと思うのだが、自分が抱く直感と合致する診断をくれるところはどこもなかった。

その頃私は、フランス式メディカルアロマセラピーの学校に通い代替医療に関心を持つようになっていたこともあり、漢方の専門医や整体に通ったり、食事療法・栄養療法・サプリ療法など、とにかく色々した。

それでも月を重ねる度にひどくなる生理。調べると、私に表れる全ての症状が子宮内膜症に当てはまった。ゾッとした。当時の私にはなぜか確信があった。

子宮内膜症とは、内診・超音波検査・MRI・血液検査の全てをしても確定診断することは出来ず、腹腔鏡でお腹の中を見ないことには、その病気があるとは断定できない病気だという。

 

その後月経時、今回と同じ左下腹部にチカチカとした異様な痛みがあったので(今から4ヶ月前)、別の評判の婦人科に駆け込み、「子宮内膜症だと思うから腹腔鏡手術ができる大病院への診断書を書いてほしい」と頼んだが、ただの排卵痛と笑い飛ばされた。3度も通い、子宮内膜症だと数値が上がるという血液検査もしてもらったが、数値が低いから紹介状は書けないと言われるだけだった。

『自分の体は自分で守らなきゃ!』

自分の体の何かがおかしいという直感があるのだから。自分で大病院を予約したが、渡米が翌月に迫っていたため行けず終いだった。

* * * * *

・・・Dr.ジャネットは、初めての問診と診察に5時間も付き合ってくれた。オペも彼女がしてくれるといい、心強かった。こんなに苦痛な、でも長時間かけてしっかりと診てもらえた超音波検診や内診、直腸診は初めてだった。これまで掛かった数知れない日本の婦人科(おそらく10軒以上)は 何だったんだろう、と思うほどだった。

異国の地で手術を受けるのは確かに不安だ。彼女に診断されたとき、すぐに頭をよぎった。「日本に帰って手術を受けた方がいいのか?」でも彼女の返答で、ジャネットを信じよう、そう思った。「帰ってもいいけど、あなたを子宮内膜症だと診断する医者は日本にいるの?」「私ほど子宮内膜症に詳しい医者はいるの?」

 

途上国への移住を希望していた、乗り気じゃなかったニューヨーク行き。帰宅途中、渡米が私を救ってくれたんだと、なんとも言えない気持ちになった。アメリカの進んだ(特に婦人科系疾患の)医療技術に出会えたのは、夫が転職したからなんだな、みんなに助けられてるんだな。なにかとてつもなく壮大なものに包まれているのを感じた。この病気の発見が、手遅れじゃないことを神様に願ってやまない。

 

3)知らなかった選択肢 につづく

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子宮内膜症との闘い〜ニューヨークでの手術を前に〜1)米国医療保険システムの洗礼

これは自身の備忘録のため、また経験者の方がいらっしゃればアドバイスを頂けることを願うため、そして何よりも私の大切な人たちが同じ経験をしないために、これまでの経緯と私の思いを記します。

(当時住んでいた自宅から望むハドソン川)

以下全文 2015/4/9の手記より

 

来週、手術を受けることになりました。

「子宮内膜症および骨盤の炎症と痙攣」と診断されました。腹腔鏡手術(ラパロスコピー )による、腫瘍と他問題のある部分の摘出など。

子宮・両卵巣は勿論、絶対温存手術です。

全身麻酔なんて初めてだし、日本じゃないし、医者が何言ってるか分からないことだらけだし、とっても怖い!何より、手術後の自分の体がどうなっちゃうんだろうと考えると怖くてたまらない!!

経験者談では、数日間歩けない、1人でトイレも行けない、激痛が残る、などあり、とにかくひどくならないことを願うばかりです。

しかも日本では4〜5日入院するらしいのですが、米国は医療費が高いから(=保険会社が認めてくれないから)という理由で、手術日に入院せず、当日帰らされるそうです…。なんて酷な。

医者には「5日間は4kg以上の物を持たないこと、夫が1週間自宅で介護すること、2週間は仕事を休むこと、長期的にフィジカルセラピーに通院すること」など言われました。まさかニューヨークに到着してたった1ヶ月で、こんな大ごとになるなんて思いもしていなかったけど、これも何かのご縁と思い、がんばるね。

* * * * *

1)米国医療保険システムの洗礼

 

事の発端は2015年2月末。生理開始3日後、左下腹部に激痛。私はひどい生理痛持ちだが、あの腰からズドーン・ガガガガンと金づちで殴られ続けるのとは明らかに違う、チカチカ・ズキンズキンとした痛みにのたうち回っていた。

ところで、米国の医療・保険制度はおかしい。医療費が莫大に掛かる(日本の10倍以上。我々の1人あたりの健康保険料は月に約12万円!!)だけでなく、患者は病院に行く前に医者を選ばなければならない。日本みたいにどこの病院に行ってもいいわけではない。つまり、医者に掛かる前にその医者が自分の加入している保険会社に入っているかをいちいち確認しないといけないのだ。

新居に引っ越してきて1週間、近所の病院のことなんて全く分からず、得体の知れない激痛と闘いながら(夫は仕事を休んでくれた)、保険会社に電話し、我々の加入しているBlue crossという保険適用内の医者を幾つか教えてもらった。しかし指定された医者がその日欠勤だったり、病院に掛けても「そんな医者はうちにいない」と言われ、すぐには病院が見つからなかった。当初本来の痛みが分からなくなるからと薬を飲まずにずっと激痛をこらえていた私だけれど、医者探しに4時間も掛かったため、生理痛用の鎮痛剤を内服していた。

すると、急患で掛かると数百万円近く掛かっちゃう!と理性が働くようになり、鎮痛剤を飲み続け、結局2日間我慢した。カネのない患者(こちらではカスタマー(顧客)と呼ばれる!)は、どんなに苦しんでも病院にすら行けないのかと、米国医療保険制度に対するフラストレーションを募らせていった。
しかし深夜1時、更なる激痛が。体をバタバタさせながら、何度もお腹にナイフを刺したいと思った。夫に、車で40分のマンハッタンにあるニューヨーク大学病院の救急外来まで連れていってもらった。

 

●重なる恐怖
カタコトの英語で何人もの担当に痛みの具合を説明し、2時間待たされた後ようやく超音波検査をすることに。

私は全裸に薄い綿の検査着をかけられ、左手に点滴をしながらベッドに横たわった状態で、男性職員と夫の付き添いで、2階の検査室に向かった。エレベーターに乗ると、黒人男性職員はボタンをガチャガチャ押しながら、ブツブツ言っていた。ボタンの調子が悪いのかなと思ったが、彼のその乱暴な押し方に嫌な予感がした。

やっとエレベーターが上がり始めたその瞬間、ガタン!

ーーー止まった。

え!?ドアが開かない!!

1階と2階の間にいるんだ。恐怖が始まった。
この職員は、なんとかしたいという一心からなのか、こうやれば上手くいくと確信があるからなのか後ろ姿では分からなかったが、ボタンを乱暴に押しまくっていた。夫と私に促され、緊急ボタンを押して外と連絡を取った。管理室から、今行く!と言われたのか、エレベーター会社を呼ぶ!と言われたのか、その後のショックからか、今記憶が定かではない。

 

覚えているのは、死ぬのかと本気で恐怖を感じたこと、2日間続く下腹部の激痛と闘いながら、全裸に薄い検査着一枚掛けられている状態で、凍えて震えが尋常でなかったこと(2月のニューヨーク外気温はマイナス18度)、異常事態でいつの間にか動いてしまっていたのか点滴の針が刺さった左腕から血が溢れ痛かったし、何よりもエレベーターの中に閉じ込められたことでパニックになり、シクシクと泣けてきた。

 

補足だが、ニューヨークに来てエレベーターを怖いと感じたことが多々あった。マンハッタンの建物は築100年なんて当たり前で、オンボロなエレベーターに時々出くわし、その度に雑な動きや音に怯えさせられていた。12階や30階から乗り降りするときはいつ落ちるかといつもヒヤヒヤしていた。それに加え、私はエレベーターが上に下にと、急上昇急降下する夢を何度も見ていた。あれは予知夢だったんだ!と考えるほど、この時の私の脳は、恐怖で正常に機能していなかった。
箱の中に夫がいるのが本当に救いだった。力強く励ましてくれ、これまでで一番彼を心底頼もしく思った(笑)。少し笑顔になれた。

エレベーター管理会社が到着してからも時間がかかった。その間、職員の彼に話しかけた。ガーナから来てこの病院で30年間働いてることとか聞いた。

ドアがこじあけられ、光が降り注いだが、外にいる人たちの足が頭上より高い位置にあった。位置を調節され、ようやく救出されるまでに、40分以上掛かった。

今思い返しても、このエレベーター閉じ込められ事件は、これまで途上国含め数々の危険な目に遭ってきたけれど、一番の恐怖体験をした。

 

2) フィフスオピニオンのすすめ につづく

 

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