子宮内膜症との闘い〜ニューヨークでの手術を前に〜 2)フィフスオピニオンのすすめ

これは自身の備忘録のため、また経験者の方がいらっしゃればアドバイスを頂けることを願うため、そして何よりも私の大切な人たちが同じ経験をしないために、これまでの経緯と私の思いを記します。

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 (当時住んでいた自宅から望むハドソン川)

以下全文 2015/4/9の手記より

2) フィフスオピニオンのすすめ

ER(救急外来)の診断では、子宮内膜腫の疑いがあるからと専門医に診てもらうよう言われ、その後の子宮内膜症の専門医・Dr.ジャネットによる超音波検査、MRI、内診直腸診等の検査の結果、「子宮内膜症と骨盤の炎症及び痙攣のため手術が必要」という診断を受けたのが3月上旬(渡米してまだ2ヶ月)のことだった。

正直Dr.の言葉を聞いた時、「あ〜良かった!やっと分かってくれる人に出会えた!」と安堵した。通常ならこんな診断を言い渡され、喜ぶ人は少ないと思うが、私が「やっぱり(思った通り)!」と喜んだのには理由があった。

今回、自分の病気をこのように告白しようと決断した理由は、セカンドオピニオンならぬフィフスオピニオンの重要性を、大切なみんなに知ってもらいたかったから。女性にも、大切な女性がそばにいる男性にも。

 

ーー実は私、今回と同じ痛みで、既に日本で幾つもの病院で診てもらっているんです。東京に住んだ3年の間、4軒もの婦人科で。でも誰もそうは診断してくれなかったのです。

* * * * *

この数年間、鎮痛剤の効かなくなった生理痛と出血過多による鉄欠乏性貧血で、私の体はボロボロになっており、生活にも支障をきたしていた。
月経前の2週間は、PMS(月経前症候群)のイライラに蝕まれ、何かに押し込まれたように自分の感情がコントロールできない状態になり、さらに月経が開始してからも数日間は、薬を飲んでも立ち上がれないほど怒涛の”なんとかブルー♪”なんて軽いもんじゃない、邪悪なドス黒いものに包まれるかのような日々を送っていた。要するに、実に月の半分以上、自分の人生を生きられない生活を何年も送っていたのである。・・・もちろん仕事は男性と同じようにフルタイムでバリバリ働く中で。

婦人科のあの、精神的苦痛を伴う恥ずかしい内診でさえも、「誰でもいいから助けて!」と藁にもすがる思いで通った。しかしMRIまで撮ってもらっても、ある病院からは「あ〜ただの生理痛ですね」と飲みたくない鎮痛剤をただ処方され、とある病院からは「あ〜子宮の入り口が狭いからだなこりゃ、鎮痛剤が効かない時は、痛くなる前から飲むこと、1日5錠でも構わないから飲むように」と、薬ばかり勧められ、子宮の無理な収縮で発生する痛みの仕組みについて説明されるだけだった。愛知出身の私からしたら、「東京」ならいい医者がいそうと思うのだが、自分が抱く直感と合致する診断をくれるところはどこもなかった。

その頃私は、フランス式メディカルアロマセラピーの学校に通い代替医療に関心を持つようになっていたこともあり、漢方の専門医や整体に通ったり、食事療法・栄養療法・サプリ療法など、とにかく色々した。

それでも月を重ねる度にひどくなる生理。調べると、私に表れる全ての症状が子宮内膜症に当てはまった。ゾッとした。当時の私にはなぜか確信があった。

子宮内膜症とは、内診・超音波検査・MRI・血液検査の全てをしても確定診断することは出来ず、腹腔鏡でお腹の中を見ないことには、その病気があるとは断定できない病気だという。

 

その後月経時、今回と同じ左下腹部にチカチカとした異様な痛みがあったので(今から4ヶ月前)、別の評判の婦人科に駆け込み、「子宮内膜症だと思うから腹腔鏡手術ができる大病院への診断書を書いてほしい」と頼んだが、ただの排卵痛と笑い飛ばされた。3度も通い、子宮内膜症だと数値が上がるという血液検査もしてもらったが、数値が低いから紹介状は書けないと言われるだけだった。

『自分の体は自分で守らなきゃ!』

自分の体の何かがおかしいという直感があるのだから。自分で大病院を予約したが、渡米が翌月に迫っていたため行けず終いだった。

* * * * *

・・・Dr.ジャネットは、初めての問診と診察に5時間も付き合ってくれた。オペも彼女がしてくれるといい、心強かった。こんなに苦痛な、でも長時間かけてしっかりと診てもらえた超音波検診や内診、直腸診は初めてだった。これまで掛かった数知れない日本の婦人科(おそらく10軒以上)は 何だったんだろう、と思うほどだった。

異国の地で手術を受けるのは確かに不安だ。彼女に診断されたとき、すぐに頭をよぎった。「日本に帰って手術を受けた方がいいのか?」でも彼女の返答で、ジャネットを信じよう、そう思った。「帰ってもいいけど、あなたを子宮内膜症だと診断する医者は日本にいるの?」「私ほど子宮内膜症に詳しい医者はいるの?」

 

途上国への移住を希望していた、乗り気じゃなかったニューヨーク行き。帰宅途中、渡米が私を救ってくれたんだと、なんとも言えない気持ちになった。アメリカの進んだ(特に婦人科系疾患の)医療技術に出会えたのは、夫が転職したからなんだな、みんなに助けられてるんだな。なにかとてつもなく壮大なものに包まれているのを感じた。この病気の発見が、手遅れじゃないことを神様に願ってやまない。

 

3)知らなかった選択肢 につづく

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