これは自身の備忘録のため、また経験者の方がいらっしゃればアドバイスを頂けることを願うため、そして何よりも私の大切な人たちが同じ経験をしないために、これまでの経緯と私の思いを記します。

(術後の合併症で、手術翌日に救急搬送され再入院。術後50時間一睡もできず、ようやく一眠りできた翌日、夫へメールで送ったピース。)
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1)米国医療保険システムの洗礼
以下全文 2015/4/28 (術後2週間)の手記より
5) 私の体の色んな臓器が、一生懸命、前を向いて進んでいる
皆さま大変ご心配をお掛けしました。術後2週間経ち、元気になりました、たぶん。
夫づたいの執刀医によると、14日の手術そのものはうまくいったそう。
ただ、沢山「聞いてないよ〜!」ということがあったので
(腹腔鏡手術で3箇所穴を開けると聞いていたのに目覚めたら5箇所傷があったことや、
排尿・排便障害、尾骨が痛い、全身麻酔のためか呼吸しづらいなど)、
明後日、術後初めてDrに会えるので色々聞く予定。
* * *
術後1週間は合併症に苦しみ、「地獄」なんて言葉じゃ済まない、”これって現実なの!?お願いだから夢であって!”と神様に祈るほど、本当に、本当に辛い日々だった。
まず覚悟していた米国流・魔の「日帰り」手術。
3時間に及ぶ大手術が終わりたった10分後に麻酔から目覚め、お腹が激激激激激痛なのに、看護師さんの付き添いで無理やりお手洗いまで歩かされ、排尿(全く出ない)を確認すると、問題ないと言われ術後ほんの8時間で(しかも朝4時に)帰らされた。
(日本では最低でも5泊はするところ)
悪夢は続く。自宅まで車で1時間、道に穴ボコの多いNY、少しの衝撃の度にお腹に電気ショックが走るような激痛(経験したことないですけど)が走り、車内で悲鳴を上げ続ける。
今思い返すだけでも(私のお腹は子宮や卵巣などの臓器がグルングルンにかき回され、まだどこにも落ち着いていないような状態だったので)、絶対に病院から帰されてはいけなかったと思う(涙)
そして曜子史上最悪な出来事が。
帰宅した明け方5時から、翌日の明け方4時までほぼ24時間、強烈な尿意に苦しみ、お手洗いにこもり、1秒たりともベッドで横になれないという悲惨な事態が起きた。
一人で歩けない、座れない、立ち上がれない中、夫が支えようにも、腹部の強烈な激痛がありどこも触れることが出来ず、その上なぜか全く排尿が出来ないという異常事態に苦しむ。でもつい先ほど悲鳴を上げながら帰宅したばかり、誰がまた救急病院に行こうとするだろうか。
術後は皆こうなるものかと思ったし、執刀医の病院に電話し当直医のアドバイスにより排尿を促す薬を飲むだけで、ただ耐えた。
しかし23時間耐えた頃意識が朦朧としかけたので、救急車を呼んでもらい、また救急病院に搬送された。
気絶しそうになる私の体に差し込まれたカテーテルから、なんと1,400mlもの尿(汚くてごめんなさい)が出てきた。私の体のどこにこんなにもたくさんの量が入っていたかと、見た時ギョッとした。
他にも怪しい症状があったため、ERの救命救急医には命に危険があると言われ、大至急CTスキャンを取らされる羽目に。
この間、手術当日から50時間以上、一睡もできていない。至る所から出血もあったこともあり、そのまま1泊入院させてもらえたのは、せめてもの救いだった。
しかし排尿障害という合併症のせいで、その後の回復が遅れることに。
(結論、手術当日にカテーテルを入れて帰らされていればこのような命の危険にさらされず、激しい苦痛を済んだ)
翌日(術後3日後)には、1週間付けたままにしろとカテーテルを膀胱に入れたまま、自宅に返され、
・激激激痛のため、2~3時間おきに強力な鎮痛剤を飲む(=夜も寝られない…)。
・腹部も激痛だけど、それよりも、手術のためにお腹に入れられたガスが肩に溜まり、その猛烈な痛みが耐え難い。
・一人で歩けない。一人で座れない。一人で寝っ転がれない。
・なのに、ガスを抜くためにはとにかく歩き回ることが一番だと医師に厳しく言われたため、激痛を我慢しながら家の中を亀のようにただ歩く。
・全身麻酔で麻痺したからか呼吸が浅すぎて苦しい。息を吸うリハビリの器械を渡されるほど。息を出そうにも腹筋に力が入らないから1 秒で切れてしまう。
・自力で排尿が出来ないため、膀胱に入れたカテーテルがとにかく苦しく不快。
・くしゃみ、咳、あくび、笑う、振り向く、深呼吸、腹筋を使う動作には激痛が。
・本の活字を見ようとすると目が痛いので、何も読むことができない。
・1週間寝返りが出来ないから、背中がものすごく痛い。
・これから一生自分で排尿が出来ないんじゃないかという恐怖。水やペットボトルが怖い。
ー(術後6日目の音声記録より)
自分で立てる。自分で歩ける。自分で髪の毛もとける。自分で片付けもできる。料理も出来る!
出来ないことは、ベッドに座った後、横になるという行為。それだけが、腹筋を使うので、あまりの痛さでどうしてもできない。
今までどうやって起き上がっていたんだろう、どうやって寝ていたんだろう。どんなに考えても思い出せない。
色んな人の助けを必要として、生きている。生かされている有難さを知った。私もがんばらなきゃ。
だってみんなが私を助けてくれるし、私の体は、すごいつらいのに、今がんばって生きようとしている。
私の体の色んな臓器が、一生懸命、前を向いて進んでいる。
だから私も、私の体に感謝して、前向きに生きるー
* * *
覚悟していた5倍くらい、ひどい容態だった。何も一人でできなかった…
でも自然治癒力ってすごいですね、日に日に体調は回復していきました。
今まだお腹に痛みもあるし決して完治とは言えませんが、カテーテルも無事取れたし、なんとかやってます、の報告です。
温かいメッセージも拝見しています。お心遣い、本当にありがとう。すっごく嬉しかったです。
追伸: 手術1週間後やっと一人で歩けることが嬉しくて、家の裏にある小道を歩いた。NYにも遅い春がやって来ていて、ちょっと乗り遅れた感じがした。これからいっぱい堪能してやる!
Two weeks have passed since my surgery for endometriosis. I’m getting much better, I believe. The late spring in New York has just come, this is the pic I walked on the Old Aqueduct Trail behind our house after a full week after the surgery:-)
I was hospitalized on the following day of the surgery because there were several complications such as urinating problem and so on, which I had never heard from my doctor before the surgery (I’ll ask her on my first follow-up this Thursday).
Those two weeks of supposed recovery were so bad that I wished they were just a bad dream. I could not walk, stand up or sit down by myself. I could not urinate and had a catheter in. I had terrible pain, not only in the abdomen where there are the cuts from the surgery, but also around the shoulders because of the gas they put in during the surgery.
But the human body has the amazing power and drive to heal itself. I got dramatically better day by day. I can walk by myself, I can cook, I can clean. Yes, I’m fine. It was the feeling of each of my internal organs trying to live and progress that I have managed bear the pain and live on.
I still have some pain in my belly and cannot say that I’m 100% recovered, but I have had the catheter taken out and and I’m making it through. Thank you so much again for your warm messages, I felt I am not alone!
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
6) 手術から2年…内膜症の再発と不妊治療2017 は、現在執筆中です。
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