灼熱のインドでつわり地獄 【妊娠記録②】

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前記事、1)インドで奇跡の妊娠発覚からの続きです

※アロマスクールとは関係ない完全プライベートな内容となっておりますので、ご関心のある方のみお読みください😊

At White Rann of kutch in Gujarat, India, on the day I found out about pregnancy❤️

インド最西端、パキスタン国境に位置するグジャラート州の町ブージ。”Go Desert”という如何にも暑そうな名のゲストハウスで、前日から続く吐き気と気だるい暑さで、アラームより早く5時に目覚めた私は、友人を起こさぬよう、昨日ムンバイ空港で調達した妊娠検査薬 I CAN を試す。

2年弱不妊治療をしており何度か残念な結果を見たことがある私は、目の前の、くっきりとした赤い二本線をすぐには信じられなかった。予備で買った2本目のテスターの結果を見て、心拍数が一気に上がり、今にも飛んでいっちゃいそうな心臓と、期待したらダメ…と停止しかけた思考を携えて、部屋からそっと出た。

夫には、このサプライズを1週間後帰国してから直接伝えたいと思ったが、自分のカラダがこの先の旅路でどうにかなってしまいそうな気もしていたし、どちらにしろ、常に私の身体を心配してくれる夫に、生理が来ていないことを帰国まで隠し通せないのは明白だったから、電話で伝える方を選んだ。

(この数年間、子宮内膜症を抱えているため、生理期間中は鎮痛剤を飲んでもベッドから起き上がれないほどの闘病生活を送っていました。インド旅行も、月経と重ならないよう友人より便を1日遅らせるほどでしたし、夫も成田までの車中でとても心配してくれていたのですが、一向に来なかった背景があります…)

道で寝そべる牛たちもまだ静まり返った真っ暗闇の中、ゲストハウスの屋上テラスに座りながら、夫に電話をかけた。旅先だからか寝起きだからか夢の中にふわふわ漂っているような感覚で、会話をあまり覚えていない。唯一覚えているのは、無事に出産できたらこのブージに、いつか夫と赤ちゃんを連れて戻りたい、と強く思ったこと。

朝が明けると、つわりはひどくなる一方だった。食べることが出来ないのは勿論、ペットボトルの水(生温かい)すら飲めず、階下に住むゲストハウスのオーナー・アシシュ氏に「レモン1切れをどこかで調達できないか」と頼みに行くと、Congratulations! と思いがけずお祝いの言葉をもらった。アシシュ氏は十数分後、手作りの、レモン果汁たっぷりのレモン水が入った水筒と、レモンキャンディーを運んできてくれた。

飛行機を二度乗り継ぎ、昨晩到着した地での妊娠発覚と、これからの旅路を無事過ごし、デリー、そして日本に本当に帰国できるのか、という不安。それさえも自信がなくなるほど、自分ではコントロールできない体調。そんな私を心身ともに救ってくれたのは、共に旅する友人と、昨晩会ったばかりの彼だった。命の恩人です。心からありがとう。このご恩は生涯忘れません。

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元々、人気観光地でなく、Deep Indiaを体験したいという、”世界の果て” マニアである私の希望もあって、在インド日本大使館で2年間の赴任を終える友人が計画してくれたグジャラート州3日間の旅。楽しみにしていた、塩砂漠と、刺繍やプリントなどの伝統工芸が今も残る村々への訪問。

そんなわけで、地方で手に入る食事といったらローカル料理のみ。インドに来てから様々な絶品カレーをはじめグルメを堪能していた私だったが、到来したつわりで一転、嘔吐感で食欲が消えた(実は、つわりがほぼ消えた現在でも未だ空腹になることがありません…)。

ムンバイからブージまでの機内食は、インド版カップヌードル ”ハーブトマト”を。ブージでは、ナポリタンもどきを。さらに地方の宿では、オーナー家族が自宅で作ったものが出されるというので、カレーは無理だと思い、代わりにフルーツをお願いした。

夕食には温かくなったパパイヤ半切れを、朝食には何も食べられなかった。

そんな中、念願の塩砂漠・カッチ湿原に訪れ、銀白に輝く地平線に息を飲み、ラクダに乗ったりもしたが(後から知ったが妊娠初期が一番安静にしなければいけないとか!)、40度を超える暑さと砂埃にまみれ、身体が日に日に衰弱していくのを感じた。

最終日は、宿から空港までの道中にある、伝統工芸が継承される美しい村々を点々とし、未舗装路を含む片道5時間の車中移動では、後部座席でただただ横になって耐え抜いた。道中、私の命を繋いだのは、友人が携帯していた「かむかむレモン」というチューイングキャンディー(笑)

美しい風景の数々は、

これから載せる<インド写真記>をご覧ください。

3)デリー、そして日本へ。涙の心拍確認 につづく